wallwatch.jpg ■ テンペラ画 ■







テンペラ画のもとは、紀元5〜6世紀、ロシア イコンの宗教画まで遡ります。
当時は、修行の一つとして聖書の場面やマリア様を描き、一つの画面を複数の僧侶が分担して描いていました。
そのため、現存しているほとんどのイコン画は、「作者不明」と表記され、
元々修行であり、個人の作品としての認識がない時代でした。

それから、約1000年後の西暦1300年後半から、今度は欧州イタリアを中心に
再びテンペラ画が注目され始め、経済の発達によって、裕福な貴族や商人が現れてきます。

西暦1400年前半にはイタリアの名門、メディチ家(薬種業者で15世紀には大銀行家となる)が
政治・経済そして芸術も大きく開花させていき、いわゆる「ルネッサンス(文芸復興)」時代を迎えます。

この時代は、テンペラ画が最も技術的・芸術的にも発達して、多くの素晴らしい画家達が世に輩出されます。
ジオット、ドッジョ、ピエロ・デラ・フランチェスカ、ベアト(フラ)・アンジェリコ、
フィリッポ・リッピ、ギルランダイオー、そしてボッチィチェルリ・・・
その後、15世紀にはヤン・ファン・アイクやフェルメールなどフランドルの画家たちや、
イタリア各地でもレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロなど「油彩画」の技術的発達が訪れ、
時代は油彩画へと急速に変貌していきます。

しかし、20世紀近年から、テンペラ画の魅力が再認識され始め、
今も当時のままで現存され続けているルネッサンス時代の魅力的なテンペラ画作品とともに
現代の人々も感嘆、魅了してやまないこともまた事実です。


テンペラ画とは、
例えば 絵をキャンヴァスに描こうと思う時に、色彩をそのキャンヴァスから剥がれなくする為に、
なんらかの定着(接着)剤が必要になります。

現在は油彩画やアクリル画など様々な技法がありますが、油彩画もアクリル画なども無かった
約500年前の人々はどのようにして絵を描いたかというと、
色(顔料)と[生卵の中身]を混ぜて、きれいな水で溶いて描いていました。

この生卵を使用するやり方を、現在では『テンペラ画』といいます。

ご存知な方が多く有名なテンペラ画の作品に、
イタリアのボッチィチェリという画家が描いた『春』や『ヴィーナス誕生』があります。

テンペラという言葉は、イタリア語のtemperare(テンペラーレ)が語源で、
[混ぜ合わせる]という意味です。

皆様もご存知の油彩画も、色(顔料)と油を[混ぜ合わせて]描いていく技法ですが、
それとは混同するのを避ける意味で、現在では、色(顔料)と生卵の中身を混ぜて描いていく
やり方のみ『テンペラ画』といっております。

『テンペラ画』といっても技法は様々で、生卵の黄身だけを使用するものもあれば、
白身だけや、黄身も白身も混ぜて描くやり方、また生卵と油を混ぜて描くやり方などなど、、
沢山の技法が存在しています。
テンペラ画は乾きが早く丈夫で耐久性に富む絵具層をつくり、
油絵具と違って乾くと色調が数段明るくなります。
テンペラ画の魅力は、なんといっても色彩の発色の良さ、描線の美しさにあります。


日賀野兼一のテンペラ画は麻布やシナ材の上に下地として油絵具やジェッソを用い、
固着材として卵黄、油、ダンマル樹脂などを使用する独特のものです。

顔料はイタリア原産が主で、その他フランス、ベルギー、オランダ、イングランドなど、
14〜15世紀の画家達が使用したものと同等を用いています。





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